秋田の池田家

写真:©Exterior of the Western-style house of the Ikeda-shi Garden
大正時代、高梨村の池田家と言えば、東北で知らぬ者はなかった。一千町歩を超える耕地を所有し、山形県の本間家と宮城県の斎藤家と並び、東北三大地主と言われた。他の2家が「合資会社・取得賃貸」「株式会社・金貸業」を職業としたのに対し、池田家は「農業」で、1250人の小作人が働いていました。

明治時代から第二次世界大戦後の農地解放まで秋田県の政治・経済・文化に大きな功績をのこした豪農であり資産家であります。

屋敷の敷地は家紋に合わせた六角形で、約4万2千平方メートル。周囲に堀をめぐらせ、敷地内に水を引き、母屋や洋館、小作たちの事務所を置き、米蔵とみそ蔵、内蔵が3棟。住み込みの従業員が約35人と、通いの従業員が70~80人ほどが通いで働いたといわれています。

洋館は図書館として青少年に開放し、医者を雇用し無料の医療施設をつくり、地元の子どもたちのために学校給食を提供しいたため、小作人争議が頻発した時代に、池田家に関してはそのような記録は残されていません。

旧池田氏庭園は2004年(平成16年)2月27日に国の名勝に指定されました。