新潟の伊藤家

写真:©一般社団法人 北方文化博物館
かつて、地主大国だった新潟県。なかでも1,000ヘクタール以上の田畑を有する大地主は「千町歩地主」と呼ばれ、地域に大きな財産を残しました。

新潟市江南区(当時の沢海村)の伊藤家は、新潟に5軒あった千町歩地主のひとつで建坪1,200坪、部屋数65の大邸宅です。現在では北方文化博物館として一般に公開されています。有田焼の大皿等の古美術品のほか7代目当主がペンシルバニア大学へ留学していた際に現地から持ち帰ったビリヤード台等も展示されています。

伊藤家は、畑で染料になる藍を栽培し、藍の商いを皮切りに、倉庫業、金融業などで蓄財し、土地を購入していきました。伊藤家の土地集積の最盛期は明治半ば。明治17年(1884)からの9年間で一気に455町歩を得て、明治34年(1901)には1346町歩を保有する千町歩地主に成長しました。

伊藤家には、「悪田を買い集め、美田にして小作に返すべし」という家訓があり、小作人の収入や暮らしが安定してこそ地主の暮らしも成り立つ、共存共栄の考え方で繁栄していきました。